舌切り雀の「大きい方のつづら」、浦島太郎の「玉手箱」、鶴の恩返しの「はた織り部屋」。決して開けてはいけないはずのものを、どうして人は開けてしまうのだろう。
 『第三の役たたず』。元本担当のセオさんだって、三年間開けていないという、「第三のつづら」。

 「へっへっへ、この本、誰も文庫にしとらんわ(三河弁)、こりゃ、売れるに決まっちょるけん(山口弁)」
 欲張り版元屋のダンベイじじいは、「第三のつづら」を文庫にするために開けてしまったのでした。
 ぼわわわわわ〜〜〜ん。
 開けて出てきたのは、「魑魅魍魎」ではなくて、「イケナイ」とされている言葉の数々でした。
 「こげなもん、出すといろいろとやかましか(熊本弁)、なおさにゃいかんだよ(静岡弁)」  じじいは手を尽くして、「イケナイ」ものを「イケナクナイ」ものにかえてもらいました。
 「うまくやったっちゃ(北九弁)、どないなもんじゃ(河内弁)」
 しかし、実はそうこうしているうちに、一章分の原稿をなくしてしまったのです。
 じじいが悔し涙に暮れていると、カラスが「ボケーッ」と鳴いて飛び去っていったのでした。  

 うーん、むかし話にしたからといって、どういう効果があろうか。しかも、弁明にもなっとりゃせんがあ(富山弁)。方言もいいかげんやちゃあ(不明)。
 読者の皆様には、本書の247ページをご覧いただければ、そこはかとなく事情はおわかりになっていただけるものと思います。
 最後に松尾さんからいただいたメールの一文を紹介させていただきます。

 道はまだ遠い。遠くて暗い。
 私にはまだやることがあるようです
2005.01
(光文社知恵の森文庫編集部/檀將治)